「読んでくれるなら」じゃなくて「もちろん読んであげるわよ」

 1週間前に買った童話を「これ、いらない」と言って、カラーボックスから出していた息子。よくよく聞いてみると「よんでくれるなら よむ」ということらしい。特にこれまで「こういう本を一人で読め」とは言っていないのだが、最近の私の様子から本を読むことを強いられているように感じていたのかな・・・?確かに“絵本からもう少し先へ”という思いは持っていたが、一人で読むことは読み聞かせをたっぷりした先にあったらいいなというだけのことなんだけど・・・。「え?その本はお母さんが読んであげるんだよ」と言ったら「じゃ、はやく よんで よんでー」と。ということで、今日写真屋から帰ってから、急いでコンビニ弁当を食べ(私は眠くって昼寝確保するため)、「ほら、読むよ〜」と。16章(話)あるうち3章まで読んだ時点で、私は眠りの世界へ。「えー、もっと よんでよー」と。また6時半に学童の集まりから帰宅して、“お父さん寿司”をやって(手巻き寿司の材料で、適当に握ってもらった)、風呂から出て急いで寝支度して・・・、また6章までの3話を読み進めた。私がやっぱり朦朧としてきて「ここまで」と言って切り上げようとする度に「もっと よんでよー」と・・・。

ガラスのうま

ガラスのうま

 どうも今日の様子だと、以前「絵がない本」という認識で敬遠していたのはそれ程重要なことじゃないみたい。やっぱり内容は理解しているようだし、何よりも私(母親)が読み聞かせしてくれるのがとっても嬉しいみたい。いつも「ねないでー」と言われるし(涙)。