探し物は不要になったときに現れる

 勤労感謝の日。誰にも感謝しなかったな。夫・・・ベトナムで働いているでしょう。スマヌ。じゃなくて「ありがとう!」
 で、「今日こそは!」と、途中になっていた片づけをやっつけた。2階から次から次へと降りてくる“お古/お下がり”を整理(だから我が家は物が多い)。床においてあったそれら紙袋の中身は、この冬着るもの、来年以降に着るものへと分類し、息子には小さくなったものは従妹の子(S吾のはとこ)に使ってもらえそうなもの、Nちゃんに取っておくもの、捨てるもの・・・と。で、次は自分のものを整理。「いつか着られるかも」と持ち続けている1サイズ下のものは妹にあげようと脇に置き・・・あー、探していたマタニティの服2着が見つかった〜。産後、2回目。探したら出てくるかもという予感はあったが、めちゃくちゃに放り込まれていたスペース、見ない振りしていたのだ。探し物って、必要がなくなった後に見つかるんだよね。マーフィーの法則にあったかな?
 探し物といえば・・・。
 先日taka_onaiさん(id:taka_onai)のところで、エントリー記事はスノーキャンプの話だったけれども、コメント欄では「山村留学」へと話題が広がったことがあった。taka_onaiさんのお嬢さんが以前お世話になった保育士さんがご子息に行かせたという「宇宙留学生」に興味を持ち、「S吾にもいいかも」と思ったと同時に、“種子島”ということで思い出した小説、阿刀田高さんの『リスボアを見た女 (新潮文庫)』をもう一度読んでみたくなったのだ。我が家の本棚のどこかにあるはず。ハテ、どこにあるのか。気軽に楽しめる小説。そして鉄砲伝来という歴史にひょいっと思いを馳せたりして・・・。気分転換にどうぞ!(って、気分転換ばかりしている私が言う事か???涙)