四十九日法要と初七日

 この1週間は矢のごとく過ぎていった。夫も帰国したことで、少しホッとした。今、月曜の朝7時。昨日は私の父の四十九日法要で、父の実家の近くのお寺で法要を執り行い、妹と一緒に選んだ仏壇の開眼供養もやってもらった。境内の緑がまぶしいくらいにきれいだった。法要が終わり、仏壇も自宅の改装したスペースに収めてもらい、お線香をたむける。今まではお骨もあったし位牌と遺影も目の前にして手を合わせてきたけど、仏壇の前で手を合わせるというのはなんか妙な感じだった。無宗教とはいえ「仏さま」になってしまう(してしまう)という風習。悪いというわけではなく、父に挨拶するのに仏壇に向かうというのに慣れない。
 その後、急いで今の家に戻ってきた。義父の初七日でもあったので、ここの1〜3階のみんなで義父の思い出話をしながら夕食をともにしようと。この1週間殆ど2階(義姉家族)の食卓で食事を済ませてきたのだけど、昨日は3階にある後飾り壇の前の狭い空間で8人揃って楽しい数時間を過ごした。
 また、そんな中、毎朝早起きして予稿集(発表資料)の原稿書き。といっても、2時間確保しても1字も書けずに過ぎてしまった日も。研究会にお願いして締め切りを延ばしてもらったけど、個人的な事情で特別に時間をいただいても他の発表者に悪いと思い、1日半で「えいやっ」と原稿を仕上げ送付した。父の四十九日の前に終わらせたかったし。あともう一つ。保育園の卒園アルバム委員のこともちょこちょこやったな。とにかく忙しい1週間だった。
 今日は欠礼(喪中)はがきを注文しに行く。義父が亡くなった翌日に、私の父の名前だけが入ったはがきを受取に行ったので、作り直し。こんなことってあるものなんですね。妹の結婚相手になる予定の方も6月にお父さんが亡くなった―――四十九日と新盆を済ませた上で、私の父にそろそろ結婚の報告をしようと思った矢先に父が亡くなったのだ。私たち夫婦は殆ど同時期に父を亡くし、息子は2人のおじいちゃんを失った。「ありえないし、もう二度とあってほしくない」・・・これが感想。